文鳥物語 なんにでもかみつく

私は今年7歳になるメスの文鳥。人間で言うと、どのくらいの年齢だろう。美熟女のやっと入り口ってところかな?まだまだ元気いっぱい。ケージの中から飼い主を呼ぶ声は若い時と同じように、ピ!ピ!ピャン!と力強い。

若い時といえば、まだ1歳にもなっていなかったあの頃、何にでも興味があって、何にでも突っかかっていた。最初にマジになった喧嘩相手は飼い主の持つ「ペンタブレット」のペン。先っぽが完全に私に喧嘩を売っている形だったので、キレてかじりまくった。飼い主は「敵じゃないよ!敵じゃないよ!」と一人慌てていたけれど、そんなこと関係なかった。どうやら、ペンタブレットというアイテムは絵を描くためのものらしくて、飼い主は私の絵を描こうとしていたみたい。だけど、シャンとポーズをとってモデルになってあげるような大人しい私ではなかったので、飼い主は、ペンをどつきまわされ絵を描くどころじゃなかった。それからは放鳥の時にペンタブレットのペンは隠されるようになった。

それと、飼い主の腕や首にあるほくろをちぎり取るチャレンジも何度もやった。くちばしを使って、ひねりを加えてかなりの力で引っ張るんだけれど、ほくろって全然取れない。あれ何なんだろう?皮膚の上に置いてあるように見えるから、拾わなきゃ!と思うのに、実際は皮膚に張り付いていてちっとも取れない。飼い主は「痛い!痛い!」と泣いていた。今なら、飼い主を泣かせてまでほくろに執着しなくてもいいかと思えるのだけれど、あの頃の私は情熱的で、若さも勢いもあったし、ほくろは取れると信じていた。飼い主いわく、顔の近くの同じ個所をやたらと私につねられるので、なんだろうと思っていたら、見えない部分にほくろがあったそうだ。文鳥によってほくろの存在に気が付いたと笑い話にしていた。

飼い主の指もずいぶん噛んだ。敵意があって噛んでいたんじゃなくて、こりゃ何だろう、確かめなくては、という思いから噛んでいた。グッグッと力を込めて、くちばしに挟んだ指の肉をしつこく噛む。飼い主は、こんなにも噛むものかと怯えて、パソコンで「文鳥 噛む」と検索していた。若い文鳥にはよくあることと知って少し安心したらしかったけれど、あまり「痛い!」と騒ぐと、飼い主が喜んでいるのだと文鳥が勘違いしてさらにエスカレートしてしまう、という情報も得たようだった。私が指をギャリギャリ噛み始めると飼い主は、ばかに低い声で「やめてください」と懇願してみたり、他のもので気をそらせようとしてみたり、色々と滑稽な工夫をしていた。結果、どうなったかというと、年齢を重ねていくにつれて「指は指だ。必死に噛んでもさほど面白いものではない」と私の方が気づいて、噛む癖は自然とおさまった。

もう7歳になるんだもの、成熟した大人の文鳥としてそろそろおしとやかに……なんて思っていたんだけれど、最近は、飼い主の持っている白い水筒がむかつくのでそいつと戦っている。飼い主は「ずいぶん大きな相手に立ち向かうようになったね」と驚いていた。「ちゅよい(強い)よ!」ともほめてくれる。飼い主も、私ぐらい強気でいったっていいんじゃない?普段はぶらぶらしていればいいけれど、人生を邪魔する奴が現れたら戦って勝っていくしかないよね。人間は、文鳥ほど敵は多くないんだから、時々は闘志を燃やそう!

文鳥物語 ふたりの間にある愛

私は6歳の文鳥。今年で7歳になる。飼い主は最近、ずっと部屋にいる。以前の飼い主は「会社に行ってくるね!チュッ。かわいいよ……ちゅき!バイバイだよ~。いい子でね」などとうすら寒いたわごとを言い、薄情にも私を置いて部屋から出て行ってしまう毎日だったのだけれど、ある時から「会社」とやらに行くのをやめたみたい。飼い主曰く、私の餌代を稼ぐために会社に行っていたらしいのだけれど……会社に行かなくなってからも餌はちゃんと出てくる。だったら行く意味なかったんじゃないの、会社ってやつ。

そんなわけで、私と飼い主は毎日二人きり。生活は愛でいっぱいになった。ずっと一緒。大好きな、大切な飼い主。私が呼べばこちらを振り向き返事をする。たまに呼びすぎて怒られちゃうときもある。「今ねっ、おちごとちてるんだよ~!だから静かにね。シーッだよ!」また寒い赤ちゃん言葉だ。おちごととは「お仕事」らしいのだけれど、それが何なのかは「会社」同様分からない。もしかしたら私の毎日食べる餌と関係のあることなのかもしれない。

「お仕事」と、私との愛だったら飼い主はもちろん愛を優先すべき。飼い主には他にも好きなもの、楽しいこと、色々あるかもしれないけれど、私には飼い主を大好きって気持ちだけなんだから。あっそれと粟穂も好き。粟穂はめったに食べさせてもらえないから、ごくたまに食べる機会があるとめちゃめちゃがっついてしまう。
飼い主は人間だから、色々やらなきゃいけないこともあるらしい。でも、だからって私との愛をないがしろにしてはだめ。私との間にある愛をおろそかにしてしまったら、飼い主が得られる愛はもうどこにもない、そんな気がする。心が孤独な人だから。

ケージの中を愛でいっぱいにして、飼い主を呼び続ける。そして放鳥タイムは、飼い主の手の中でやさしく頬を揉まれる。部屋中が愛に包まれる。「チチチ……かわいいね、かわいすぎるよぉ~。ちゅきだよ」また変な言葉遣い。

夜になると私のケージにおやすみカバーをかけて、「大好きだよー」と言う飼い主。分かってるよ。人間だから、やらなきゃいけない「お仕事」があったり行かなきゃいけない「会社」があったりするのも本当はね、いいよって思ってる。待ってるから。待ってる間も飼い主のこと、大好き。飼い主もきっと同じなんだよね。愛はずっと消えないから、飼い主も安心して眠ってほしい。

文鳥物語 雛の羽からオトナの羽に

私は文鳥。6年前、雛だった頃から少しずつ雛の羽を脱ぎ捨てて、モノクロの体になっていった時のことを思い出した。
ペットショップで「今は雛なのでまだ茶色っぽいですが、これから換羽をして桜文鳥特有のきれいな模様になりますよ」とスタッフさんに説明を受けた私の飼い主は、毎日ワクワクしながら私の羽の生え変わりを見守っていた。

私はゆっくり換羽するタイプだったみたいで、完全に大人の羽になるまでずいぶん時間がかかった。毎日じろじろ観察されても仕方ないんだけれどな、ごめんね、と思っていた。そして飼い主の手や肩、頭の上を、茶色っぽいままの体で元気に飛び跳ね、しばしば飼い主の指を引きちぎるほどの勢いで噛んだ。飼い主は「痛い!痛い!」と悶絶していて、それがちょっと面白かった。今はもうそういう力任せなことはしない。大人だから。指のさかむけは相変わらず引きちぎるけど。

最初は頭の羽の一部分が白くなった。そこで飼い主は疑問に思ったみたい。「桜文鳥の頭って、黒いよね……?」
何か月もかけて少しずつ少しずつ雛の羽を脱ぎ捨てていく私の体には、一般的な桜文鳥のようにくっきりとした模様ではなく、まだらでポヤポヤしたあいまいな白と黒とグレーの複雑な模様が浮かび上がってきていた。頬毛だけが雛のときのまま、薄茶色っぽくいつまでも残っていた。

飼い主は、あいまいなことにめっぽう弱い。自分の飼っている文鳥が、桜文鳥なのかごましお文鳥なのかでしばらくの間悩んだ。首からお腹にかけてほとんど真っ白で、桜文鳥特有の桜模様はない、とはいえごましお文鳥と言えるほどごましおらしくない。
自分の知っている枠に当てはめられないとアンバランスな気持ちになってしまうというのは人間の本当に愚かなところだと思う。飼い主、私は私だよ。なんとか文鳥っていう肩書は必要?
ブランコを全力でこいで、エサを食べて、止まり木でまったりして、水浴びの準備をしてもらったらバシャバシャやる。一応、文鳥本人は幸せにやっているんだから、飼い主も幸せにやっていくといいよ。

飼い主は私を手に乗せ、「個性があるっていいな」と言った。模様のこと?個性なんていうのも人間の価値観だけどね。でも、いいなと思って幸せでいてくれるならそう思っておいてほしいな。どうしても「なんとか文鳥」って呼びたいなら「おしゃれ文鳥」とでも呼んでね。
それ以来、飼い主は換羽のたびにほんの少しずつ変わっていく私の体の模様を毎年楽しんでいる。「今年は尻尾に白を混ぜたんだねぇ。洒落てるよ~!」だって。おしゃれ文鳥、面目躍如だ。

文鳥物語 飼い主との出会い

文鳥の雛

私は文鳥。6歳。メス。一応、桜文鳥ってことになっているけれど、体の模様はあんまりはっきりしていない。お腹の部分はほとんど真っ白で、ところどころにグレーの羽が混ざっている。

飼い主と出会ったのは私が雛だった頃。まだ全身の羽が茶色くって、飼い主はこう思ったみたい。「文鳥ってこんなほうじ茶みたいな色、してたっけ?」
ほうじ茶でもなんでもいいんだけれど、とにかく私、その日もペットショップのケージの中でまったりしていた。飼い主は最初、白文鳥を見ていたのだけれど、その白い子たちは手乗りじゃなくて、店員のお姉さんがケージに手を入れると逃げまどっていた。

私には関係のないことだと思って止まり木の上でうとうとしていたら、店員のお姉さんは「桜文鳥もいますよ。この子は餌も自分で食べられるようになっていますし、手にも乗ります。ほら」と言って、私のケージの扉を開け、手を差し入れてきた。思わずその手に飛び乗ったけれど、ケージの外に出されるのが怖くなってしまって、少し逃げまどった。
お姉さんに両手でパフッとやさしく捕まえられて慌てたけれど、「こうやって頬っぺたを撫でてあげると喜びますよ」と言って私の頬を指で撫で始めた。これをされると鳥はうっとりしてしまう。
目をつぶって堪能していたら、いつの間にか私は別の手に移動していて、飼い主が私の頬を撫でていた。なかなかいい手つき。声の調子、嬉しそうに指を動かす感じから、飼い主がドキドキと胸をときめかせているのが何となく分かった。

それから、飼い主は何か書類を確かめたりケージや餌、水浴び用の容器を手に取ったり、なんだか色々やっていた。もしかして私、あの人のところに行くの?どんな生活が待っているのだろう……そんな事を考えているうちに、小さな紙の箱に入れられた。暗い、狭い、怖い!私、今お会計されている?

箱の中で体を細くして怯えていたけれど、じきに明るい室内まで運ばれたようだった。箱から出されて、まだ細くなっているうちに、新しいケージの中に入れられた。
新しい環境に困惑している私に飼い主は「おーい、大丈夫だよ。今日から一緒に暮らそうね」と言った。ではこれからこの人が私の飼い主ということになるみたい。ちょっと不安だけれど、頬を撫でる手つきは悪くなかったから、きっと大丈夫。疲れたので止まり木の上で少し眠った。

真新しい餌入れにたっぷりのペレット、それと透明な水。部屋には日が差していて、ケージの床に敷かれた紙の上に私のうんこがひとつかふたつ。これが飼い主との生活の、最初の記憶。